ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ11)

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「いま後ろのドア開けますね」

車の鍵を開け、私が先に運転席に乗り込んだ。
後部座席のドアの開閉スイッチに手を伸ばそうとするが、それより先に助手席のドアが勢いよく開いてギョッとする。
そこから物言いたげに、そして不機嫌そうに顔を覗き込ませているのは紛れもなく阿部さんで。

「俺こっちに乗る」

短くそう言って体を滑り込ませると足元に鞄を置き、手際よくシートベルトを締めた。
狭くはない車内。
後部座席はスモークガラスになっているから移動中は外の目を気にせずくつろげるはずなのに、阿部さんはわざわざ助手席を選んだうえ、こちらに何も言わせまいとマスクに帽子まで被った完全身バレ防止仕様だった。
目深に被った帽子とマスクの隙間からわずかに覗く眼光は、言うまでもなく鋭い。

「ねえどういうことなの」

運転席のドアが閉まるなり、眉間に皺を寄せた阿部さんに低い声で問い詰められた。
先ほどの王子様スマイルはどこに行ったんだと言いたくなるような仏頂面である。
田ノ上さんと同様に、阿部さんは私に怒っているわけではない。
頭では十分に理解していても、いつかのマンションのエントランスで岩本さんと対峙した時の、冷え切った阿部さんの態度が重なってしまう。
穏やかな人ほど怒らせると怖いというが、私にとって阿部さんは別格だった。
エンジンもかけずにハンドルを握った手に力がこもる。

参ったな…

「時間ないので、とりあえず車出します」

そんな言葉で逃げようとは思わないが、何せ次の仕事が控えている。
ここでゆっくりしている暇はない。
でも阿部さんにはできる限りの詳細を伝えておくべきだと、私はそう判断している。

「こちらも色々と整理しながらにはなりますが…とにかく行きながらお話しします」

まだ何か言いたそうにしている阿部さんを振り切るようにエンジンをかけると、ゆっくりとアクセルを踏んだ。

接点のない人事部から、わざわざ会社の共有アプリを通じて送られてきた一通のメール。
そこには私個人を標的とした脅迫に対する注意喚起と、会社の対応が書かれていた。

脅迫
はっきりとそう書かれた文字を何度も反芻するが、直近の私の日常に特別なことはなく、平々凡々を極めていてピンと来るようなことも身に覚えもない。

──なんで私が？一体誰から？

そもそもこれが本当だとして、なぜ人事部という不可思議な部署から私に連絡が来るのか、意味がわからない。