ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ28)

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遠くの方で、誰かに呼ばれている。

微睡みの向こう側。
波間に漂うクラゲのようにふわふわと、ただ流れに身を任せているような、無重力に近い感覚だった。
光は少ない。
深海というほどではないけど浅くもない海中で、天井に微かに見える乳白色のモヤっぽくなっている部分をぼんやりと眺めていた。

──あれ、私…なにしてたんだっけ

揺蕩いながら考えを巡らせていると、ふと何かに体を揺らされた。
ぐわんぐわんという感じではなく、どこか慎重に、だけど随分と性急さを感じるような、不思議な感じ。

学生時代、体調が悪くなり訪れた保健室のベッドでたっぷり寝たあと「授業終わったわよー」と保健室の先生に起こされた時と似ている。
寝起きがあまりよろしくなかった私は、普段温厚な先生が肩を掴んで実力行使に出るまで布団を離さなかった。
家では絶対に許されなかった母親への甘え。
何もこんなところで擬似的に体験しなくても良かったんじゃないか…と今となっては思うが、当時の私にとっては体調不良の副産物として密かな楽しみでもあった。
懐かしいなぁ。

じゃなくて。

「…で…すか、…っ」

遠かった断片的な声がだんだんと大きくなり、言葉になって耳に届く。
夢の世界に現実の世界が侵食しようとしていた。

海中から見上げていた光は、横いっぱいに広がりながらはっきりとそこまで迫っている。
ちくちく、からのズキン。
次第に体のあちこちから痛みが顔を出し、私はうっ、と小さく声を漏らした。

瞼を揺らす。
ぼんやり薄く開きながら、すぐ近くにいる人影を捉えた。
次の瞬間、私は直前に身に降りかかったほぼ全てのことを思い出し、ハッと意識を覚醒させた。
体を起こそうとしたものの、激痛が閃光のように身体中を駆け巡っただけで動けない。

目を覚ました時には、周囲の状況がだいぶ変わっていた。

雲ひとつない突き抜けた青空。
それに似合わない騒然とした空気。
悲鳴と怒号。
体のあちこちを蝕む小さな熱と、歯を食いしばるような痛み。
倒れ込んでいるコンクリートの、ひんやりとした感覚。

「っう、あ…」

そしてただ、痛みに喘ぐ私。

「ああ良かったっ…あの、大丈夫ですかっ！」

見ず知らずの男性が私の顔を覗き込んで必死に声を掛けていた。

大丈夫、覚えている。
思い出すことができる。
今日の朝からの一連の流れも、生放送のことも……それから、ついさっき自分の身に降り注いだ事も。
何もかも覚えている。