ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ31)

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あ、やばい。
自覚するとヤバい。

身体中に散らばっていた痛みと熱が右腕に集まってくる感じ。
バクバクと心拍数が上がり、気を抜くと焦って呼吸が浅くなる。

こんな大きな怪我をしたことがなかった。
額にじんわりと浮かぶ脂汗。
肩で息をしながら「落ち着け！冷静になれ！」と必死に言い聞かせてはみたものの、無用な初体験に鼓膜が塞がったような感覚になり、こめかみの辺りでは警鐘が鳴り響く。

…気持ちが悪い。
クラクラする。

「…ぅぇ、」

我慢できなかった。
勢いをつけて丸まるとメキメキと骨が軋む背中。
顔が引き攣るほどの痛みすら押しのけ、急に迫り上がって来た胃液を少量吐きだせば、寄り添う女性が同情するように「大丈夫ですよ」と優しく背中をさすりながら汚れた口元にタオルを当ててくれる。
出てくるのは呻き声と羞恥心。

私なんかのために申し訳ない、こんなことになるなんて情けないと自分を責めた。

「何が、あったんですか？」

遠慮がちに女性に聞かれる。
そりゃ当然だ。
こんな惨事、滅多に起こるはずがない。
無理には喋らなくていいですからね、と慌てて言われたが、ここまでしてくれた彼女には知るだけの権利があると思った。

吐き気はまだ少し残っているが、まったく喋れないわけではない。
聞いてくださいよ、話を切り出そうとしたところで、ふと、気が付いた。
ピタリと動きを止めて、考える。

介抱され、身に降りかかる惨事を憂いてばかりいたが、そもそもこうなった原因は私じゃない。
私だけのせいではないのだ。

──何があったのかなんて、聞きたいのはこっちだ。

転倒し、出血を伴う怪我をしたことですっかり萎びてしまった感情が首をもたげる。
小胆している場合じゃない。
かぶりを振り、女性の問いかけには答えないまま視線を彷徨わせた。
彼女もそれ以上口を挟まない代わりに、戸惑いながらも静かに私の上半身を支えてくれる。

もう一人の当事者──アイツは、
彼女はいまどこにいる。

痛みや動揺と引き換えに、意識を飛ばす寸前に固く誓った「ぶっ飛ばしてやる」という怒りが腹の奥底から湧いていた。

「動いちゃだめ」という遠慮がちな静止を振り切り、左腕で体を支えながらあたりを見回した。
打撲をしている腕は体重を受け止めきれずに震える。
そうじゃなくても背中も、足も、指先も、自分の体ではないような違和感に苛まれ、自分が無事ではないことをいやでも理解させられた。
でも今はどうだっていい。