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＊
頬に触れる阿部さんの手に、自分の手のひらを重ねてみた。
刹那、堪えきれず泣きそうになる。
でも絶対、泣かないけど。
「頑張ったね」
「…うん」
頑張った。
私、頑張ったよ、阿部さん。
「Aさん、」
声を揺らし、言葉を詰まらせながら阿部さんは笑った。
誰でも虜にしてしまう王子様のような笑顔が得意で上手なはずの阿部さんが、今まで見てきたどの笑顔よりも下手くそに笑った。
彼のため息と一緒に消えたその先の言葉が聞こえた気がした。
甘やかされていると実感すると、胸がぎゅっと締め付けられて痺れるような切なさを感じると同時に、優しい彼をこんな顔にさせてしまったのは、まぎれもなく私なのだと苦しくもなる。
顔に力を入れれば、擦れた頬がじわりと痛む。
それを自分のせいだと勘違いした阿部さんが、慌てて両手を引っ込めた。
「この件、どこまで聞いてるの？」
「ほぼ全部だと思うけど、」
阿部さんが言いかけたその時、目の前の処置室の扉が開き中から医師が顔を出した。
会話を中断させ、私たちは医師に向かって深々と頭を下げる。
付き添いの相手が変わったことを説明すれば「よければ一緒に中にどうぞ」と声を掛けてくれたので、一気に緊張した面持ちに変わる阿部さんを押し込めるように二人で部屋に入った。
通された診察室。
私と阿部さんは隣り合って用意してもらった丸い椅子に座り、医師からの話に耳を傾ける。
先ほどの縫合時に消毒方法や包帯の交換の仕方は一通り説明を受け、確認という感じに聞いている私の横では、真面目な阿部さんがわざわざ手元の鞄から自前のメモとペンを取り出し、熱心にその内容を書き込んでいた。
「消毒は毎日行ってください。綺麗に切れていたので完治まで早いとは思いますが、先ほどもお話しした通り傷口自体が大きいこともあって痕は残ります」
「はい」
「抜糸まで一週間くらいですね。その間もご自宅で傷口に刺激を与えたりしないよう気をつけてください」
「分かりました」
ボロボロのジャケット。
ブラウスではなく、インナーの半袖シャツから覗く不気味なほど真っ白な包帯。
頬の傷。
まだ少し指先に残る血の跡。
閉鎖的な空間で、阿部さんだけが医師の言葉に何度も息を詰まらせ、飲み込んでいた。
だけど私は気にすることなく、淡々と返事をしていく。
彼は最後まで何も言わなかった。
その代わり時折眉間に深く皺を寄せ、唇を軽く噛み締めながら、誰よりも痛々しい表情で私を見つめていた。
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作者名：泥濘 | 作成日時：2024年3月6日 17時
