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病院の外に出てみると、もうすでに陽が傾き始めていた。
裾の方からだんだんと橙色が滲む空を見上げると、ひんやりとした風が吹きつけて頬を撫でる。
昼過ぎまで暖かかったとはいえ、やはりそこはまだ二月。
綿素材の半袖のインナーにジャケットを羽織っただけの姿では、当然ながら寒い。
家を出る時に着ていたコートは、阿部さんの楽屋に置いたままだ。
私はジャケットの襟元を左手で手繰り寄せると細く長い息を静かに吐き出し、隣の阿部さんに気付かれないように小さく身悶えた。
はずだったんだけど、
「それじゃ寒いでしょ」
肩上がってるよ、と目ざとく気が付いた彼が、着ていたコートを脱いで掛けてくれる。
「寒いけど…私の服ボロボロだし、阿部さんのコートが汚れちゃう」
「…そんなの気にしなくていいから」
慌てる私を避けるように、阿部さんはさっさと駐車場へと歩き出してしまった。
肌触りの良いコートには、まだ阿部さんの体温がかすか残っている。
それでなくとも寒さを凌ぐには十分過ぎるほど温かい。
待って、と感情の見えない背中を追いかけながら、肩から落ちそうになるコートの前をぎゅっと握った。
見慣れた車──先程まで使っていた送迎用のアルファードの前で阿部さんが立ち止まり振り返る。
「俺が運転するから乗って」
さすがにこの怪我で「私がやります！」とは言い返せない。
仕方なく、平身低頭しながら後部座席のドアに手をかけると「だめ、こっち座って」とむすっとした顔の阿部さんが助手席のドアを開けた。
三秒ほど見つめ合い、意味を理解して青ざめる。
いやいや、さすがにそれはない。
「リスク管理」と彼に伝えても、そんなの知ったことかと私の背中を軽く押してくるだけで全然聞き入れてくれない。
彼からしてみれば、今の私に拒否権などないのだ。
「分かったから」
結局、こっちが折れた。
羽織っていたコートを脱いで渡すと、しぶしぶ助手席に乗り込んだ。
阿部さんは運転席に座るなり、こちらへと身を乗り出して私のシートベルトに手を伸ばす。
「俺やる」
「え？あ、うん」
これくらいなら自分で出来る。
でもそう言えば、また不貞腐れそうな気がして大人しく受け入れるしかない。
覆い被さるような姿勢。
綺麗な横顔が目の前に迫ってきたかと思えば、ふわりと、くらくらするほど強く香る阿部さんの匂い。
私の首筋に彼の小さな吐息が当たった。
瞬間、ゾクリと全身が粟立つ。
声が漏れそうになり、慌てて唇を噛み締めた。
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作者名：泥濘 | 作成日時：2024年3月6日 17時
