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＊
交差点で信号に捕まった時だった。
明らかに険悪な空気のなか、阿部さんと会話を続ける気にもなれず、彼の機嫌を取ろうと躍起になることもせず、私はようやく追いついた疲労感や睡魔と静かに戦いながら、物憂げに窓の景色を眺めていた。
車が停まり、エンジン音だけがわずかに響く車内で、ふと阿部さんが口を開いた。
「Aさんは、マネージャー辞めようとか考えてないよね？」
「……は？」
それはまるで、私がそう望んだうえで非難するような、決めつけた言い方だった。
思わず窓から視線を外して振り返る。
なんの話？
そう聞くよりも先に阿部さんが続けた。
「今回のことで…マネージャー業務から外れたいとか思ってるんじゃない？」
「……え、」
だから、それはどうして？
なんで突然そんな事を聞いてくるの？
阿部さんの質問の意味も意図も謎だ。
さっきまでのほわほわした眠気は一瞬で吹き飛んだ。
吹き飛んだものの、思考が追いつかない。
でも実際に、彼は端正な顔をこちらに向け、深刻そうな表情で私を問い詰めている。
彼の頭の中で、今回の事件と私の進退がどう繋がったのかなど、凡人の私が理解する事など出来るわけがないので回答に困る。
当然、沈黙が生まれた。
言葉に詰まりながら戸惑い、視線を泳がせて俯いてしまったことで、阿部さんはそれを肯定だと捉えたらしい。
チッ、という舌打ち。
品の良い彼がそんな態度に出たことが信じられず、驚いて顔を上げたものの、もうすでに私から興味をなくしたように視線を外し、さっきまでと同じ、前方の道路を睨むように見据えている。
かと思えば、怒りに満ちた苦々しい顔に歪めると、抑えきれなかった苛立ちの矛先をぶつけるように、握っていたハンドルを拳で一度だけ叩いた。
車内に響く、ドン、という衝突音。
それから、沈黙。
その一連の行動は、私をひどく動揺させるには十分すぎた。
マネージャーを辞めたいなんて思ってない。
そう伝えたかったけれど、肝心の言葉が喉の奥に引っ込んでしまい、出てこなかった。
隣にいる阿部さんが、知らない人のようで怖かった。
私は昔から、大きな音や破裂音の類が得意ではない。
鼓動が早くなり、微かに震える指先を誤魔化すように、膝にかけていたコートをぎゅっと握る。
あなたはどうして怒ってるの？
それすら、今の彼には聞けそうにない。
信号が青に変わり、ゆっくりと車が動き出す。
とてもじゃないが、話を続けられる雰囲気ではなかった。
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作者名：泥濘 | 作成日時：2024年3月6日 17時
