ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ9)

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『Aちゃんさぁ、ダメ元で今から向こうの人にお願いして室内での収録に変えてもらうことって…』

「何言ってるんですか。タレントの問題ならまだしも、一端のマネージャーの事情なんか相手にしてもらえる訳ないでしょ」

『だよねぇ』

田ノ上さんは間違いなく私の上司だったが、そんなの気にせず叱るように突っ込めば、電話口から盛大なため息が聞こえてきた。
私の態度に呆れている訳ではない。
朝早く、それも短時間の間に発生した不測の事態に対する、総括的な不満と疲労を表したため息だ。
『あのね、』とさらに声が続いたので、ファンデーションが液晶に付くのも構わずに、ケータイをぐっと顔に押し付けて耳を傾ける。

『……今回の件はこちら側だけの問題にしておく訳にはいかなそうだから、あとでメンバーの子たちにも内容を共有しようと思ってるんだけど…』

こちらの反応を伺うような言い方だった。

「それはもちろんです」

隠すつもりはなかった。
会話しながら、かつてプロダクションに所属していた時に、何度か仕事で一緒になったモデルの子が似たような状況に陥っていたことをふと思い出したからだ。

「事務所に迷惑かけたくない」
あの子はそう言って立ち塞がる問題を一人で解決しようとしていた。
だけど事態は収束するどころか悪化し、最終的には会社やクライアントまで巻き込んだ事件にまで発展した。
この件において彼女は被害者であり一切の非はなかったが、初手の対応を誤ったばかりに各所から非難され、結果としてプロダクションを去ることになった。

あの子のようにはなりたくない。
私は悲劇のヒロインなんかじゃない。
堅実に生きる社会人であり、求められるのは大人として最善の対応だ。
とにかく報連相。
ここは素直に助けを求めるべきだと判断した。

この仕事は、私の唯一の生きがいである。
「必要ない」と言われない限りこの居場所は、絶対、誰にも奪われたくない。

こちらが許可してすぐに、人事部から送られてきたメールとほぼ同じ内容がグループチャットで共有された。
別室でメイク中の阿部さんが事態を把握するのも、おそらく時間の問題である。

考えただけで気が滅入りそうになる。
ただでさえ生放送が控えているというのに、仕事に無関係なことで彼に余計な気を使わせてしまうことが、ただただ心苦しい。

私のせいであり、私のせいではない。

当事者なのに、私にはどうすることもできない。
そんなもどかしさがひたすら歯痒かった。