ガラスの靴を振りかざして6_緑 (ページ10)

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不本意ではあるが、不測の事態が起こると仮定して私たちに今できることはこれぐらいしかない。
ひとまずは落ち着いたかと思ったが、電話の向こうでは田ノ上さんがまだ気を揉んでいるようだった。

『今日は俺も別現場だからそっちに行けないし…何か良い方法ないかな』

いつもならイレギュラーな事態が起こってどんなに私たちが狼狽えても、「大丈夫だから、みんな一回落ち着こう」とその場を冷静に取り仕切ってくれる頼もしい田ノ上さんが、今回の件に関しては柄にもなく緊張している。

口ぶりや雰囲気から自分が大事にされてるんだと分かる嬉しさと同時に、ごめんね、と田ノ上さんに悲しそうに謝るたびに胸が張り裂けそうになった。

メールに記載された内容が気にならないわけではないし、まだ気持ちの整理もついていないが、ここは私が気丈に振る舞うしかない。

「本番直前まで待機は室内ですし、あの番組ならスタッフさんが恐ろしいほどいるはずなので、きっと大丈夫ですって。それに一般観覧が多いってことは、それだけ周囲の目もありますから」
『だと良いんだけどなぁ……うーん、でもなぁ…やっぱり、今から別のマネージャーも向かわせようか？』
「今日は全員稼働してるじゃないですか、無理ですよ」
『いやもうそこはさ、別グループの仲良いマネージャにお願いしてでも──』
「私が嫌です。お断りします」

それにしても今日の田ノ上さんはやけに聞き分けが悪い。
らしくないですよ、と直接口に出して問い詰めると、彼曰く、

『なんか、嫌な予感するんだよね』

とのこと。
急に声を低くして言うから、ドキッとして唾を飲み込む。
勘だけどね、とすぐに元に戻って自嘲気味に笑う彼に「気のせいですよ」と確信のない相槌と一緒にため息を吐き出し、通話は終了した。

まさか田ノ上さんの勘が本当に当たるなんて、この時は思いもしなかった。

「阿部さん帰られます！」
「お疲れ様でした！」
「お疲れ様です。また来月もよろしくお願いします」

滞りなく、ほぼ時間通りに一つ目の雑誌の撮影と取材が終わり、着替えを済ませてメイクルームから出てきた阿部さんを廊下で出迎えて次の現場へ向かう。

撤収作業の手を止め見送りをしてくれるスタッフさん一人一人の目を見ながら丁寧に挨拶する阿部さんは、いつも通り、知的で爽やかでキラキラとしたアイドルらしい「阿部亮平」として屈託のない笑顔を振り撒いていた。

──敷地内に停めていた車に乗り込むまでは。